神社名 | 八幡神社 (通称:清田八幡神社) (岡山県神社庁加盟) | ||
鎮座地 | 倉敷市曽原 | ||
狛犬 | 製作年 | 不詳 | |
作 者 | 不詳 | ||
大きさ | ア像 70×44×92 (備前焼) | ||
備 考 | 県道21号線曽原交差点を200mほど西進し、山麓の広場に車を停める。地元の方に挨拶して鳥居を潜ると宮獅子(備前焼の狛犬)が迎えてくれる。一礼して石段を登ると右に西行法師の石像があるが、先ずは礼拝が先!と石段を登る。立派な随神門を潜り、拝殿に参拝した後、右回りに奥に進むと幣殿の脇に西行法師の腰掛石が …。ソッとタッチして歌碑を確かめてからカメラに収める。 本殿の裏を通り、再度拝殿に参拝した後、石段を下って西行法師の石像と宮獅子の観察をする。 流石に由緒ある郷社だけあって狛犬さんも風格があり、サゾカシ名のある陶工の作と思われるが、残念ながら銘はない。阿吽とも損傷ヶ所は修復してあるが、特に阿像の口は何とかならないものかナ! |
本殿 |
県指定文化財*クリックで大 | |
拝殿 |
沿革 *クリックで大 | |
怪我をしても頑張っている! |
不審者は通さないぞ! |
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立派な明神鳥居 |
扁額:清田八幡宮*クリックで大 |
<西行法師に関する特記事項> 西行法師は、生涯に2度岡山を訪れており、そのことが西行像の左右の石碑に記されている。また、幣殿の脇には「西行法師腰掛石」と歌碑が保存されており、当神社と西行法師の深い絆が分かる。 なお、西行法師の歌碑は、岡山市郡の【弁天島】と玉野市八浜の【両子山】公園にも建てられており、腰掛石・岩は、玉野市渋川の【八幡宮】の南と長船町の【西方寺慈眼院】の北にもあるよ! |
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歌碑 *クリックで大 | 後:歌碑 前:腰掛石 |
幣殿の脇にある 西行法師の腰掛石 *クリックで大 |
左の碑文 *クリックで大 |
平成8年7月吉日建立 |
右の碑文*クリックで大 |
最初の石段を上がったところにある西行法師像 |
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*1 右の碑文 西国へ修行して罷りける折 児島と申所に 八幡のいはゝれ給ひたりけるに篭りたりけり 年経て又その社を見け るに 松どもの古木になりたりけるを見て むかし見し 松は老木に成りにけり 我年経たる程も知られて 仁平三年(1153) 八幡宮で参篭修行 仁安三年(1168) 四国への旅の途次 再度 八幡宮を訪れ 感想の思いを歌によむ *2 左の碑文 保延六年(1140)鳥羽院に仕える北面武士 佐藤平兵衛義清は出家遁世し 法名を円位 号西行と改む 仁平三年 初回 八幡宮参篭は西行法師大峰修行の先達 宗南坊僧都行宗とのつながりによる 仁安三年 法師五十一才の時 弘法大師の遺跡と白峰に眠る悲哀の帝 宗徳院の霊魂を慰める四国への旅の 途次 再度 清田八幡宮を訪れ 昔の思い出を懐かしみ詠歌を残す 清田八幡宮の社域の内には 古き時代からの西行法師腰掛石と歌碑が今も残れり |