三角点名 | ー | 山名 | 山王山(南峰) | ||
所在地 | 岡山市東区宍甘 | ||||
コード | TR ー | 標高 | 67m | ||
概 況 | 知人宅の空地に車を駐めさせて貰い、新幹線のトンネル西口に向かう。急坂を登って先ずは宍甘遊園地にある【龍駕駐蹕記念碑】に一礼して当時を偲ぶ。遊園地には望遠カメラを持った「撮り鉄」数人が列車の来るのを待っていたが、当方は時間の関係もあって、遊園地からやや降って竹藪の中の小道に取り付く。民家の裏を通って散策道を登って行くとやがてコンクリ道と出会う。三差路を右手に取り、約200m登ると石門があり、その奥には日吉神社が祀られている。(山名となったお宮) 拝礼して奥に回ると径15mほどの平地、標識等はないがどうやら【山王山古墳】の後円部頂上のようだ。地下には竪穴式石器があるようだが、詳細は発掘調査を待つこととして、中心部の立木に赤いリボンを着けて記念写真を撮る。 併せて前方部の観察も終え、往路を引き返して三差路から【山王山】に向かう。(2020.12.12) |
登り口 明治天皇駐蹕之地碑 ➡ *クリックで大 |
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竹藪に取り付く |
民家の裏を登る |
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竹藪の中を進む |
コンクリ道に出る |
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右手(南)に進む |
日吉神社 |
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祠 |
後円部の山頂(祠の裏) *クリックで大 |
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西から見た山王山(南峰) トンネルの上が宍甘遊園地 |
<明治43年陸軍特別大演習の行幸> 出典「岡山県政史」明治・大正・昭和前期編 昭和42.11.1 岡山県発行 明治43年11月、本県下で陸軍特別大演習が行われ、明治天皇はその統裁のため行幸された。天皇の行幸は明治18年に次いで2回目であったが、当時わが国の軍隊は日露戦争の戦勝を経て、明治40年には岡山に第17師団が設置された後で、国運の最盛期にあたり、本県としては明治末期を飾る一大盛事であった。 行幸日程 11月10日 東京御発輦(静岡・名古屋御泊) 同月12日 午後4時55分岡山停車場御着 岡山大本営(後楽園)に御泊 同月13日 演習御統裁(都窪郡菅生村大字子位庄西岡御野立所) 同月14日 同 右(都窪郡加茂村大字惣爪御野立所) 同月15日 同 右(上道郡古都村宍甘御野立所) 同月16日 同 右(吉備群真金村鯉里小学校御講評所) 同月17日 観兵式(岡山練兵場) 宴会(岡山市下石井) 同月18日 午前7時20分岡山駅御発 同月20日 東京へ帰還 特別大演習 参加部隊は、第5師団(広島)、第10師団(姫路)、第17師団(岡山)のほか後備歩兵第9旅団、重砲兵第2旅団等約3万人、馬4千余頭で、全部隊を東西両軍に分け、第10師団を東軍、第5・第17師団を西軍とし、11日から16日まで岡山県南部平野で演習が行われた。演習終了後、岡山練兵場で観兵式、岡山市下石井で大宴会が行われた。 |
<山王山古墳> 出典:「改訂岡山県遺跡地図(第6分冊岡山地区)」 平成15.3.31 岡山県教育委員会発行 (遺 跡 名 ) (種別) (時代) (所在地) ( 概 況 ) 山王山古墳 古墳 古墳 宍甘 山頂。全長70mの前方後円墳。後円部径40m、後円部高さ7m、前方部高さ4m、噴石あり。 山王山2号古墳 古墳? 古墳? 宍甘 山頂。小円墳状地形。 山王山3号古墳 古墳? 古墳? 宍甘 山頂。小円墳状地形。 山王山4号古墳 古墳 古墳 宍甘 山頂。円墳。径15m、高さ1.5m 山王山5号古墳 古墳 古墳 宍甘 山頂。円墳。径10m、高さ5m。 |