三角点名 | ー | 山名 | 堂敷山 | ||
所在地 | 岡山市北区栢谷 | ||||
コード | TR ー | 標高 | 209m | ||
概 況 | 岡山市立香和中学校の校歌に歌われている【野谷富士】と間違って紹介してしまった山。本当の【野谷富士】の探査を終えてから、改めて探査するべく、県道237号線経由で南山集落に入る。冠光寺池から山容を確かめた後、地元の方の了解を得て奥
(東)の藤ヶ鳴池に向かい、堤防脇の空地に車を停める。 藤ヶ鳴池の北端の山道を東に向かい、10 分ほどで峠に達する。ここからは右の荒れた山道を100mほど進んで左の自然林の斜面に取り付く。木に掴まりながら登っていくうちに赤いプラ杭を発見。以後は、この赤杭を探しながら登っていく。小枝を整理し、倒木等を避けながら頑張るとやがて大きな岩がゴロゴロした山頂に到達。(往路:約45分) フラットな山頂には自然林が茂っており、展望は全く利かない。山名となった寺跡を探すも大きな岩が点々と残っているだけで、素人には遺構とは判断しかねる。それでも登頂記念に、それらしき大岩の周辺を整理して記念撮影。小休止した後、往路を引き返す。(復路:約25分)(H25.10.06) |
大きない岩がゴロゴロしだすと山頂は近い |
山頂にある大岩の一つ |
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植林の中は歩き易いのだが… |
自然林の中はナカナカ… |
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藤ヶ鳴池から山容を確かめる |
池の北端を東に向かう |
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冠光寺池の西提から見た山容 |
冠光寺池から奥(東)の藤ヶ鳴池に向かう |
津高公民館付近から見た堂敷山の山容 |
<堂敷山廃寺> 「岡山県大百科事典」 (山陽新聞社) 平安時代中ごろから中世にかけての山上寺院跡。堂敷山山頂南側に、段状の地形、石垣、礎石配列、須弥壇状土壇などの遺構が遺存する。1935年(昭和10年)に一部が発掘され、瑞花八稜鏡、銅鈴、石帯や平安時代の軒丸・軒平瓦などが発見されている。 <堂敷山廃寺> 「岡山県の地名」 (平凡社) 要約 山頂部の南端にあり、整地して石垣を築いた敷地に、柱間は約7尺と小さいが、桁行5間・梁間4間で、土築の須恵段をもつ堂跡を残している。出土した瓦の種類や建築遺構の状況などと考え合わせて、創建は平安時代前期にさかのぼる可能性がある。 |